84.トランプ札は切りもなく、トランペットは吹くばかり・・・

 トランプ札は切りもなく、トランペットは吹くばかり云々とはカテゴリ「五叉路」で遣った文言の一部であるが、トランプのペットとまで呼ばれている御仁は今後何を「吹く」というのであろうか。吹くものも尽きて、執拗に繰り返される言葉… 続きを読む 84.トランプ札は切りもなく、トランペットは吹くばかり・・・

83.いよいよ始まった

 言わずと知れた、疑惑突破解散である。大義を装い、安定を装う何から何まで偽装で固めた偉そうな偽りの集団が街頭に立って何を訴えるというのか。何もないではないか。説明責任は一切せず、逃げ回った挙句の解散である。詐欺師が何をも… 続きを読む 83.いよいよ始まった

82.自殺者に想うこと

 自殺した者たちを弱き者、敗れた者と捉えている限り、ほんとうの意味での進展、展開はないのではないかとさえ思われる。たまたま生き延びられている現在の「生」の根拠を自分の「裁量」、「力量」と錯覚しているのではあまりにもオメデ… 続きを読む 82.自殺者に想うこと

81.炎と血とー人間の愚かさの極致ー

 炎と血に至る道とは、どのように言い繕ってみても、たとえ正義の御旗を振りかざしてみたところで、それは人間そのものの愚かさの証明にしかならないということを否応なく訪れる結果が見せつける。「炎と血と」などと言うと、今ある自分… 続きを読む 81.炎と血とー人間の愚かさの極致ー

80.ここまで来ると

 ここまで来ると、自分が「何屋」であろうと、政治面についても言わざるを得なくなってくるのが極自然な流れである。損得勘定から見れば「沈黙は金」、「雉も鳴かずば打たれまい」、「天下国家など論じるつもりもない」などの姿勢が賢い… 続きを読む 80.ここまで来ると

76.再び「私もカトリーヌ・ドヌーブ」について

 ピエール・ノットの作品「私もカトリーヌ・ドヌーブ」は2007年4月「シアターχ」で、2008年2月「池袋あうるすぽっと」で平山勝の演出で上演された。その詳細についてはこのサイトでも以前取り上げている。… 続きを読む 76.再び「私もカトリーヌ・ドヌーブ」について