91.「笑う哲学者」は笑われる哲学者

 「ドストエフスキーにハマり人生を狂わされました」という某国立女子大名誉教授。東大文一入学時、何となく官僚にでもなるのかと思っていたのが阿部次郎の「三太郎の日記」でつまづき、読書三昧の日々、さらにドストエフスキーで根底か… 続きを読む 91.「笑う哲学者」は笑われる哲学者

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62.策士策に溺れてなお策を弄する

 世の中には「上」から「下」まで出来過ぎの「やらせ」というものが実に多い。ここまでやるかという三文芝居を大真面目でやるものだから、気恥ずかしくもなってくる。昨今ではここまで来たかというほど露骨で、これを真に受ける者たちの… 続きを読む 62.策士策に溺れてなお策を弄する

61.We are not ABE.

 2015年1月、 報道ステーションの生放送で古賀茂明さんが「I am not ABE」と掲げてコメンテーターを事実上降板となったことはまだ記憶に新しいはずである。古賀さんがそれによって意図した二つのこと、すな… 続きを読む 61.We are not ABE.

89.「牡丹載せ 今戸に向かう 小舟かな」子規

 今戸橋をくぐれば河口から8キロメートル程の潮風を感じる隅田川に出る。往時の山谷掘りを感じさせるものはほとんどないが、この正岡子規の句だけが涼風とともに当時をよみがえらせてくれる。明治28年の作であるから子規が日清戦争に… 続きを読む 89.「牡丹載せ 今戸に向かう 小舟かな」子規

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88.「刑事フォイル」

 最近、「『刑事フォイル』が凄い」という内容の記事を目にして喜んでいる。この「刑事フォイル」は以前から観ていたもので、どうしてこのようなテレビドラマが日本にはできないのかと思っていたが、ようやくこのような作品が少しは一般… 続きを読む 88.「刑事フォイル」

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87.推理小説、推理劇などは「マダムの手すさび」

 大方の推理小説、推理劇などというものは、要するに、「マダムの手すさび」程度の領域を出るものではないと思っている。アガサ・クリスティー然り、よくもまあこれだけ微に入り細をうがって人殺しの手法を日々考えていたものであると思… 続きを読む 87.推理小説、推理劇などは「マダムの手すさび」

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60.今、パリでは・・・

 先日、パリは今、至る所、どの通りも悲しみ満ちて、空虚である、という便りがあった。  このウェブサイトのトップページを飾っている写真を見るたびに数年前のパリの隅々がよみがえる。ヴォージュ広場の前の椅子に腰かけてどのくらい… 続きを読む 60.今、パリでは・・・