34. 不可解な名称
世の中には不可解な名称が多々あるものである。一見わかりやすそうな「みんなの〇〇」などもその一例であろう。親しみを込めた細工が施されてはいる
世の中には不可解な名称が多々あるものである。一見わかりやすそうな「みんなの〇〇」などもその一例であろう。親しみを込めた細工が施されてはいる
Il est bon d'apprendre quelquefois aux heureux de ce monde,ne fû
いつ頃からか、日本の「お笑い」芸人を見ていると存在すること自体に不快感を催すことの方が多くなった。まったく笑えないのである。笑えないお笑い
最近、外国映画を観る機会が多く、また改めて日本語吹き替え版のひどさを見せつけられた。2,30年程前までは声優というよりそれなりの俳優が吹き
耳目を引く派手な広告でさも何かをやっているような内容であるが、その内容たるや簡便、軽薄過ぎてお世辞にも褒められたものではない。中には「日本
ピエール・ノットはフランスの劇作家であり、俳優・演出家でもあるが、日本ではあまり一般的ではないので知らない方も多いであろう。(彼については
私が高校生の頃、我が家は新築のため取り壊されたが、その時、門柱に張り付いていた金属片に「杉並村高円寺原」とあった。麻布から高円寺に移ってき
貧乏劇団、金欠プロデューサーが担当する小・中劇場公演ならミスキャストは日常茶飯事、然もありなんでそれ程の問題にもならず後は引き受けた演出担
ある日、「静かな落日」と題した作家・広津和郎の生き方を描いた劇団民藝の舞台を観ていた。以前、私が演出したピエール・ノットの作品に出演しても
最近、昔読んだ本を手にする機会が多くなった。ジャック・デリダもその一人である。デリダの文章は「厳密に言えば翻訳不可能であり、またたとえフラ