33.「ローハイド」のウイッシュボンの声ー永井一郎の死ー

 「おっさん、また豆かよ!」という若き日のクリントイースドウッドの声とともにウィッシュボン役の永井一郎の声が響き渡る。「食いたくなけりゃ、食うな!まともに昼飯時に食えるだけましだと思えこの罰当たりが」、実にこの老料理人に… 続きを読む 33.「ローハイド」のウイッシュボンの声ー永井一郎の死ー

32.とにもかくにも新しき年に入りて

 とにもかくにも新たな年に入りて  新しき年に入ったからといって急に今までの「歩み」を止める訳にも行かないのが多くの者の現状であろう。そうかといって「歩む」速度の上げ下げは想定をはるかに超える負荷と危険が伴う。ただ、今ま… 続きを読む 32.とにもかくにも新しき年に入りて

31.モディリアーニ「論考」からクレムト「論考」へ

 12月29日、2013年も終わり2014年を迎えようとしている。忘年会、新年会などというものが無縁、無用のものとなってから久しい。おそらく私は12月のモディリアーニ「論考」からクレムト「論考」の中で新年を迎えるのではな… 続きを読む 31.モディリアーニ「論考」からクレムト「論考」へ

49.「演出」という言葉の根本的な誤用

 「演出」という言葉を様々なところで目にするが明らかに誤用、すなわちよくわかっていない皮相的な遣われ方をしているとしか思えない何とも意味の不鮮明なわかったようなわからないようなものが多い。言葉の辞書的定義としては「脚本、… 続きを読む 49.「演出」という言葉の根本的な誤用

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48.「権力に近寄るな」とは道元である

 道元の「正法眼蔵」を大学でテキストとして使っていた女学者が権力の中枢に集っていることを最近知った。仏教哲学書としても世界的に通用する道元の著作を誰がどのように繙こうが自由であるが、私自身も研究対象としている書籍に関して… 続きを読む 48.「権力に近寄るな」とは道元である

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