ある日、「静かな落日」と題した作家・広津和郎の生き方を描いた劇団民藝の舞台を観ていた。以前、私が演出したピエール・ノットの作品に出演してもらった女優の仙北谷和子さんから観劇案内を戴いたのがきかっけであるが、この作家については以前から共鳴するものがあった。そして今、広津和郎を取り上げることは非常にタイムリーであると思われる。現在この国では検察問題も含め、どこの国のいつの時代の裁判かと思われるような、とても民主主義国家とは思えないような状態がまかり通っているからである。
作家・広津和郎は、その後半の人生を松川事件の冤罪を晴らすために捧げることになるが、それは生物学者・山本宣治が、国会で孤塁を守り、いつかまた生物学の研究にいそしめる日々を願いながら命果てた(刺殺)その姿とどこか重なってくる。それは、見事とも言うべき私利私欲のなさと利他の精神である。かくあるのが知識人の知識人たる本来の所以なのであるが・・・。
※広津和郎の松川事件の裁判批判を載せ続けたのは「中央公論」であるが、今ではこのような月刊誌、週刊誌は皆無である。
2012 2/20