この伝記は岡村春彦氏(演出家、俳優)が30年の長きに渡って追った演劇人佐野碩の生涯である。佐野碩は亡命者にして、「メキシコ演劇の父」。新劇の基礎を築くが、治安維持法違反で逮捕、1931年国外へ脱出。以後6ヶ国語を駆使して、ソ連、ヨーロッパ、アメリカを経て、そしてメキシコに亡命、演劇に関わり死ぬまで日本には戻らなかった。その行動範囲のあまりの広さに全体像を描くことは難航を極めたらしい。次から次へと何かが起こり、間一髪で難局を切り抜け新天地に向かう。身勝手で、楽天的で、志を曲げず、演劇の情熱を持ち続けた。「普通の日本人の常識を超えている。こんな人がいたのかという驚きの連続だった」という。
佐野碩は、スタニスラフスキーとメイエルホリド、この2人の天才の演出法の統一を試みた。メキシコ演劇史に残る舞台を演出。演劇学校をつくり、コロンビア、キューバからもその教えをこうべく招かれた。
(「自由人 佐野碩の生涯」は評論家 菅孝行氏が原稿の整理、解説を加えている。)
「朝日新聞」佐久間文子氏の文章を部分的に抜粋
以前より気になっていた佐野碩についてこんなにも長く追い求めていた演劇人がいたことに驚かされる。今、佐野碩の芸術的経験は再現すべくもないが、このような演出家が伝記上でも甦ることは意義深いことである。