88.「刑事フォイル」

 最近、「『刑事フォイル』が凄い」という内容の記事を目にして喜んでいる。この「刑事フォイル」は以前から観ていたもので、どうしてこのようなテレビドラマが日本にはできないのかと思っていたが、ようやくこのような作品が少しは一般的になってきたということであろうか。今後も日本のテレビ界にはまったく期待できないのでこうした海外の作品を紹介するところが増えるとよいと思っている。家の者も日本のテレビドラマはまったく観ない。要するに、面白くないのである。比較するまでもなく、日本の「刑事もの」(「刑事もの」に限らないが)などは内容的にもこちらが恥ずかしくなるような劇画風「お子様ランチ」といってもよいくらいである。あるようなないような視点、切り口展開の甘さ、トリック、キャラだのみ、等々。ある漫画家が漫画ばかり読んでいる者にほんとうに面白い漫画は描けないと言っていたがそのとおりであろう。これはすべてに敷衍されることである。明解な世界観を持ち得ぬ者には、現実は見えているようで実は何も見えていないのである。「刑事フォイル」レベルのテレビドラマが放映される頻度が高くなれば、民度も少しは底上げされるのではないかと思っている。時代に媚び、権力におもねるような作品というのはその「本体」そのものに致命的な「瑕疵」を持っている。いくら「巧み」であってもその「瑕疵」自体が普遍性を持ち得ぬのである。「瑕疵」とは、わかりやすく言えば「誠実さの根源的欠如」である。時代も権力もやがては面妖な「時」の抗しきれない無化作用の中で変容しざるを得ない。そして、時代、権力に媚びへつらった者たちを盾にしながら奈落の底に消え去るのである。

 「刑事フォイル」は時代にも権力にも媚びていない作品で、時を経てもなお観るに堪え得る内容を充分に持っている。

                                  2015  12/12

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