いわゆるハウツーものである「上達法」などというコンセプトで展開されたものでほんとうに上達した者など見たことも聞いたこともない。真底のところでわかっていないのでダイナミックな発展そのものがあり得ず、コツだけは覚えて小器用にこなしはするがそれもそれまでで、どうしても「似て非なるもの」の域を脱することができないのである。それは展開不能の小路から袋小路に至る過程といってもよい。結局のところ「急がば回れ」ということを思い知らされるだけなのであるが、その頃にはそれまでに身に付いた「コツ」そのものが展開を阻害し、余程の者でない限り切り返す作業はさらに難しくなってくる。そして、多くはそのまま地滑り状態のままただ続行するしかなくなるのである。要するに、「うまい話」などは存在しないということなのである。簡便に手に入れたものはやはりそれ以上には実を結ばず、ただ時と共に劣化するだけである。「ほんもの」というのはやはり常に様々な光を放ち、時にはいぶし銀のようにもなるが劣化することはない。当然のことながら、それは小手先・技術だけの「ハウツー」世界とはあまりにもかけ離れているのである。
ほんとうの「上達者」が「上達法」などというハウツーものを書いた例も知らないが、「上達法」を教えるという話も聞いたことがない。おおよそ「あり得ぬ話」が世の中ではまかり通っているようである。
2013 10/6