R・W-31 門松もあるやなしやの年の暮れ

 街並みから消えた門松。数年前から少しずつ減ってはいたが、今年(2025年)は新年を迎える風情もなく、ほとんど消えていた。現在の諸事全般を鑑みてれば、然もありなんと思われる。私としては、一休宗純よろしく、門松などは「冥土の旅の一里塚」くらいにしか考えていないのでどうでもよく、常に「平生すなわち辞世なり」という生き方を通してきた身としては、さほど気に留める事象でもなかったのであるが、ここにきて余りの風景の変わりように違和感以上のもの、何がまた始まるのかと思われたのである。それは今年が「新たな戦前」であったという意味以上のもの、どちらかと言えば、私は「新たな戦中」と捉えているので、そうなのであろう。確実に何かが溶解しつつ変質してきている。

        2025  12/30

追記:2025年12月31日から1月1日にかけて、渋谷では暴動の様相を呈していたということである。実際は、暴動ではないが、非日常的な混乱状態だったということである。現場はかなり荒れた雰囲気で、警察の大規模警備でバリケードだらけの街と化し、喧嘩が多発していたようである。とても新年とは思えぬ、新年を寿ぐなどとはまったく無縁の状態である。これが日本の実情であろう。

        2026年1月2日

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です