ウクライナの情勢を「分析」して見せる元モスクワ駐在の外交官だったという者たちの講釈は、一体何を見ているのかというような通り一遍のことを何か新たな視点、情報を開陳展開しているように見せているが、総じて内容的には、いつもの方程式から割り出された陳腐な「結論」ばかり。この件については、すでにこのサイトの違うカテゴリーで「外交官上がりの評論家の限界と危うさ」でも述べている。
そもそもプーチンの捉え方自体も、金が流れているのではないかと思われるほど甘い。明らかな「軍事侵略」にもかかわらず、いつの間にやら、かなり恣意的にその意味は変質させられ、「話し合い」、「落としどころ」などということだけが強調され、挙句の果てに「プーチンに土産物でも持たせて」云々かんぬん。外交官のレベルとは、政権内の調整機関で、所詮この程度の話なのであろう。プーチン「本体」の本質的分析などは、調整機関の領域外とばかりに問題にされていない。いくら「世界的に有名と言われている」学者を並べて、体裁を整えてもその内容がこの程度では盤上のウォーゲームと変わりあるまい。第二次大戦時のヒットラーの動きを現実的に察知し、その「本体」を見抜けた者がどれほどいたか?実際にヒットラーとの「話合い」は成り立ち得ると思っていたのか?和平交渉などで、ヒットラーに「土産物を持たせて」収まりつくと本気で思っているのか?一時的に有り得るように見せかけても、実質的にあり得ぬことである。そう、プーチンとは「ヒットラー」なのである。宮仕えの外交官レベルの知見で片が付く相手でもない。結果的には、プーチンに対して 「外交官レベル」で何をやってもすべては時系列的に裏切られることになろう。現在のウクライナの惨状はすべてプーチンが起こしたことで、それによって世界に波及している様々な問題も含めて、そのすべての責任を取るべきである。どちらにしても大なり小なり「引き受け」ざるを得なくなる。プーチンの行為を正当化する余地はまったくない。
宮仕えに過ぎないような 肩書などに騙されないことである。すべてを改めて問い直すべきなのである。精査された世界的科学誌の論文でさえ、その9割が10年後には覆されているのが実情なのである。
2022 6/24