143.「無化」

「無化」、フランスの作家・ミッシェル・ウェルベックの最新作の題名でもあるが、それは私の「記憶の篩」から再び生々しく、様々なことを蘇らせる言葉でもあった。néant  néantiser néantisation (無化)、このネアンティザシオンという言葉は、それなくしては私の学生時代はあり得なかったであろうと思われるくらい、単なる思弁的な領域にとどまるだけでなく、全人格的に深く関わっていた言葉でもある。そして、今、ミッシェル・ウェルベックが、再び私の「記憶の篩」に投げ入れたこの「無化」という言葉、やがてどのようなものとして立ち現れるのか、デジャヴか、ジャメヴィユなのか、死すべき者の新たな再確認となり得るのか。

 無化についての解説も簡便に行われているようであるが、この種の言葉は丁寧に正確に言おうとすると難しくなるのが普通で、わかりやすい説明は却って誤解、弊害を生じることにもなる。本当のところを知りたければ、安易な説明、解説書の類ではなく、やはり原典に当たるしかないのであるが、総じて、自分で考えるのではなく安直な「答え」を求め過ぎる傾向が強い。何もかも、手っ取り早く片付けようとする者には、安手の答え、すなわち「偽物」しか与えられないのは古今東西不変である。

 日本には、この作家のような題名を付ける作家がいなくなった。文化衰退の著しいところと、底力のあるところとの差でもあろう。

 

            2022 2/23                      

 

 

 

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