ダブルバインドとは、真逆のことを同時に要求されることである。
今、日本の状態がそうであろう。オリンピック開催と新型コロナウィルスとの攻防戦、こんな真逆のことを同時に強いられているのは日本国民だけである。よく耐えているというよりは、異常に耐えている。他国(少なくとも先進国)であれば、これでは済まないだろう。コロナ感染者数も上昇しているが、その数値も正確ではない。実際、定まった手続きを経ない者は、医者が陽性と診断しても保健所はカウントせず、厚労省の数値には反映されないのである。当然、実際の数値と「正式」に「記録」に残され、発表される数値とはかけ離れてくる。実際にどれだけ陽性者がいるかも定かでない現状でも確実に感染者数は上昇してる。「マスクをしろ」、「用もなく出歩くな」、「距離を置け」、「多人数で集うな」、「営業は20時まで」、「酒は売るな、立ち飲みはするな」等々。そういうことなら、当然オリンピックは無観客であろうと思われるが、それすらいまだに決まっていない。その決定はぎりぎりまで待つということであるが、そのためにどれだけ医療関係にしても負担を負わされるのかわかったものではない。現に、コロナ患者最優先で手術しなくてはならない者も後回しになっている状態である。ぎりぎりまで待つというのは誰にとって賢明な判断なのか?それによって犠牲者も多く出ることも間違いあるまい。無観客でやれば、何とかなると思うのもまたオメデタイ話である。人の命よりも「お祭り」か、完全に本末転倒である。オリンピックを開催したことで、助かる命も助からず、どれだけの犠牲者が出たか是非知りたいところであるが、その時はまた、その数値は隠すか、カウントしないはずである。手柄にもならない不都合なことは隠蔽、改ざんするのは彼らの常套手段でもある。
国民をダブルバインド状態にしたまま、具体的なことは打ち出さず、何かと言えば、協議、検討、「お願い」、そして希望的観測。おそらく開催前日までこんなことをやっているのではなかと思われる。これは明らかに彼らの能力不足ということである。
2021 4/30
追記:慈恵医大の大木隆生に言わせれば、「手術待ちで死ぬ人もいますよ、ザッツライフ」だそうだ。「神の手」だか「悪魔の手」だか知らぬが、外科的裁縫技術だけは達者なようだが、その言動からは見えてくるのは、根幹領域での思考鍛錬がまったくなっていない人間の全体像である。すなわち、日本軍にもナチスドイツにもいたマッドサイエンティストたちである。そろそろ出てくるなと思われた者たちである。