彼は、私が作・演出した「冬眠する男」(2001年)、「ジャンピング・ビーンズ」(2003年)の2本の芝居に出演している。2003年の芝居の終演後、地方巡演しようとルイスが言い出したので、そういうことなら、もう少し手直ししようと思っている内にルイスは逝ってしまった。この2作品とも彼の本領ともいうべきひょうひょうとした役柄であった。この頃には、彼は酒を飲めなくなっていたが、打ち合わせで会うときは、なぜかいつも飲み屋であった。時折あの伝説的な、紀伊国屋ホールの調光室まで観客が入ったというベケットの「ゴドーを待ちながら」(早野寿郎 演出)の話になった。そして、よく早野演出のこと、セントのことが話題に出た。彼は早野さんとは呼ばず早野先生と呼び、早野氏のことをほんとうに信頼し切っていた。私もベケットには早くから興味を持っていたが、どこでやるベケットも例外なく面白くなかった。いっそ掛け合い漫才風にやったらどうかと考えていた矢先なので、彼らが出演するという企画を見て、我が意を得たりという思いがしたのを今でも覚えている。そして、その公演は案の定「成功」した。
「平山さん、ポニー(小型の馬)いらない?欲しければ持ってきてやる」と言っていたルイス。それから、いつだったか、高円寺の夏祭りに二人で歩き回ったこと。そうそう六本木も歩いた、しかしよく歩いたね。なんか昔、縁があったところを散策していたんじゃないかな、あの時は。
毎年来ていたあなたが作った版画のある年賀状、いつ頃から来なくなったのか今思い返している。
※「セント・ルイス」は当時、西の「やすし・きよし」東の「セント・ルイス」と並び称された漫才師。
2003年 「ジャンピング・ビーンズ」 (作・演出 平山勝) 星ルイス
※「冬眠する男」:軍産複合体に追われて、人里離れた民家に隠れ住む天才物理学者とその研究過程で作り出された「完璧な」ヒューマノイドの物語。舞台初日2日前2001年9月11日、稽古中にニューヨークのワールドトレードセンタービルに旅客機が突っ込み、同時多発テロが起きた。
※ 「ジャンピング・ビーンズ」:多重人格障害者とその家族、周囲の者との様々なやり取りを通してその在り様を探る1話。因みに、この稽古は橋本ルシア フラメンコスタジオで行われ、写真のルイスの衣装は協力してくれた橋本ルシアのデザインである。
「ジャンピング・ビーンズ」に寄せて、
春の山 父を埋めしか 魚を埋めしか
ー 藤田あけ烏ー
<転載・複製厳禁 >