128.つれづれに一言で片付ければ(12)12件(160件)

〇国会で「裁量労働制の拡大」について追及する野党を「誹謗中傷クラス」と言う渡辺孝一(自民党、比例北海道)、やはり根幹部分が腐っている。それに気付かないことも致命的なのである。よくこのようなものを選ぶものである。もちろん、アベ、アソウなどは言わずもがな。

 

〇現政府が「国民に丁寧に説明していく」と言うとき、それは「国民に丁寧にウソをついていく」と言っているのと同義か、まったく無意味なことを言っているに過ぎないというおぞましい状態が拡大し続けているだけである。かつてこれほどまでにムチャクチャな内閣府が存在したか。

 

〇言うまでもなく、二人の羽生とアベとは全く関係なし。アベが出てきただけで折角の時が汚れる。もはや、すべてが逆効果であることがわかっていないようだ。やはり、トランプと相似形である。

 それにしても羽生結弦選手の存在そのものが出色と言わざるを得ない。何かといえば風によって影響されるような競技とは違って、氷上に一人舞う、時と一体化した羽生の姿は実に美しかった。彼の存在そのものが、はもはや「国」などという次元を超えているのである。

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しかし、為政者の「ポピュリズム」ではない単なる大衆に媚びるだけの「ポピュラリズム」にはあきれ返るというか、その恥を知らない無節操振りには吐き気さえもよおす。やはり、彼らは欺くためにはありとあらゆる手を使うだろう。

〇「大手マスメディア」とは常に「大手側」、「政権側」の追従路線で、決して庶民の側にはいないことを知っていればいいだけのこと。「大手マスメディア」の言っていることをそのまま真に受ける方が愚かなのである。「大手マスメディア」の発信していること、隠していることを吟味、検証できるくらいでないと北朝鮮の大衆の現状が明日の自分の姿ということになる。それは「赤」であろうが「黒」であろうが同様で、思考停止状態の者たちがなだれ込む全体主義という陥穽である。

 

〇スポーツの祭典ばかりに気を取られていると、またぞろ世紀のいかさま政治屋たちに出し抜かれるな。

〇以前にも書いたが、「国際政治学」などは、要するに陳腐な情報(マスメディアに出るような段階では)と政治力学だけで、「コア」な領域が希薄なのである。総じて皮相的で、余程意識していない限りその役割は権力の「走狗」とならざるを得ないということである。「国際政治学者」と称される者の言動をみれば一目瞭然であろう。薄っぺらな者に限ってただ騒々しいというのはどの領域も同様ではあるが。

 

〇北朝鮮の応援団、芸術団がシャネルのバッグを身に着けていたという。何をか言わんや、噴飯ものであるが、やはりシャネルかといういうところである。

 

〇「分断国家」、「ねじれ国会」等々、オツムは大丈夫かと聞きたくなるコンセプトである。余程、統一国家、全体主義的国家が好きなのであろう。「分断」ではない「対立」はあって当然、そのバランス感覚が民主政治には必須条件なのである。「分断国家」より「専制一強国家」がお望みなら話は別だが、そうではないなら言葉の遣われ方が余りにも無思慮というか、オツムの方が心配になってくる。浅薄な言語、知識に振り回されるのも何の言い訳にもならない「単細胞であること」の証左である。

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〇「日本〇〇協会」、「公益財団法人」etc 実際、世の中には、名称だけで実態も不明瞭、訳のわからぬ協会、組織などが多々ある。中には理事長、理事、その他の役職が10年一律、さらにはその「役職」がそのままその世界の「実力者」であるかのような「錯覚」までまかり通っている。やっていることと言えば、アリバイ作り的な行事と刊行物。多くはパラサイト的な「専門誌」がその広報を担うことになる。一体、何のための協会なのか、法人なのかと思われる組織が多過ぎる。それで「いい思い」をしているのはほんの一握りの者たちだけというのは相も変わらない世の実相である。

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〇保守らしい保守の論客は西部邁で最後であろう。他は保守というにはおこがましいような者ばかりである。今や「保守派」などは存在しないのである。その点については図らずも西部邁の見解と一致していたことが彼の生前に確認できた。このサイトでも以前それについては取り上げたことがあるが、私は彼とは世界観もまったく違う。しかし、彼には本来の保守が当然もっているべき幅広い「知性」があった。それに匹敵する程の知性、洞察力は他の保守系といわれるものたちにはない。それについては見てのとおりとしか言いようがない。また、そんな者たちに関わっている時間もない。

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〇しかし、思考回路の劣化破損した幼稚な感情的妄想ばかりのヘイト系のお方も多いようである。奈良の片田舎の町議などの例もご多分にもれずといったところであろう。この町議に至っては精神年齢はできの悪い小学生程度である。

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〇「反安倍ということ」が対立軸なき時代の「病」という見解、これは状況分析としても皮相的で、時代を俯瞰しているようでもあるが立ち位置、軸足が丸見えである。少なくとも、「知性」を売り物にしているのならもう少し冷徹な分析をしてもよかろう。とにかく現状認識が甘過ぎる。

※山口真由について

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