175.腹が裂けた蛙

 漱石ではないが、明治以降、西欧に追いつけ追い越せとばかりにやってきて、すべてにおいて間口ばかりを拡げ、奥行きのないものになってしまったというのが実情であろう。イソップの牛と大きさを競う蛙のごとく、蛙は今でも腹を膨らまし続けている。やがて、蛙の腹は裂け飛ぶだろう。しかし、この蛙は代々、綿々と同じことを繰り返している。その様は、あたかも間違いについての記憶がないかのごとくである。さらには、その愚行に新たな意味付けさえして、間口を広げて悦に入っている。その間口さえ昨今では手の付けられない荒れようであるが、それも見て見ぬふりを決め込んでいる。奥行きはますますなくなり、辛うじて奥の隅に立っていた死神も居場所がなくなり、朽ちかかった表口の傍の庭石に腰かけている始末。

偽り人たちの政権も、ここまでくれば、もはや張り裂けるしかあるまい。もうすでにあちらこちらで張り裂ける音がするが、なぜか、妙に心地よい音である。時折、鐘の音にも聞こえるから不思議である。

              2024 10/23

 

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